WHITE CINE QUINTO 『ミセス・ハリス、パリへ行く』

 第二次大戦後、従軍したまま帰還しない行方不明の夫を待ちながら、ミセス・ハリス(エイダ=レスリー・マンヴィル)は家政婦として働く。ある日仕事先でディオールの美しいドレスを見たミセス・ハリスは、お金を貯め、パリのクリスチャン・ディオールへ、オートクチュールのドレスを作りに出かけるのであった。パリの凱旋門、パリのエッフェル塔が実に額面通り、絵葉書のように現れ、これ、ステレオタイプじゃないのかいと心配になる。そっ、この映画はゆるい。けど、ゆるくしないと映画に漂うふんわりした詩情(ディオールのメゾンのらせん階段で、女の人の運ぶ白いチュール)が失われる。うう、むずかしい所だね。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』みたいに、世知辛い話(金=幸せ)にならないよう、精いっぱい階級間の差別なんかが薄くしてあるのだ。コレクションの最中に、ミセス・ハリスと話しながら、ぐっと頭を後ろにそらす侯爵(ランベール・ウィルソン)の仕草が、こっちの胸を暗くするのに十分だけどさ。あとドレスを購う「お金」というものはむき出しでした。出てくる人は皆エッフェル塔凱旋門と同じ、ありきたりの、よくある造型だし、新味もない。けれども、ここには小さい奇跡みたいに、「ディオールの服」にこもるうっとりするような魔法が映りこんでいる。絹のリボンを切る鋏のかすかな切れ味の音、ミセス・ハリスが(市井の私たちが)幾度も箪笥を開けて、いつまでも触っていたいと願うこみいった細工のドレスの飾り。美しいものを所有し、着る喜びが、画面のエイダと一緒に共有できる。ミセス・ハリスが故郷で晴れ姿を飾る軍人会が地味なあまりに苦味もあるのだが(ちょっと泣いた)そこもふんわりさせてある。メゾンの支配人マダム・コルベール(イザベル・ユペール)は裏と表のあるいい役だけど表の「エッフェル塔感」が拙いよ。もっといいシーン思いつかないの?