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シアタートラム『クリプトグラム』

セットが暗がりに溶けている。下手側に小さなソファが一つ、その横にサイドテーブル、舞台中央にオットマンが一つ、その奥に白い戸棚、舞台の下手前に白く塗られた椅子、舞台奥にすべてを見守っているような椅子、ソファの後ろには聞き耳を立てているように見える椅子がある。

 上手手前にキッチンに通じる出入口、下手奥に五つ段を踏んで踊り場、直角に八段続く二階への階段がある。全てがぼんやりと白っぽく、美しい。明かりがついて、芝居が始まると、白いはずの全てが煤け、火事の燃え残りの様相を呈していることがわかる。椅子が見守っているように見えるのは、黒く塗られていたからだ。登場しない父が、姿を見せているのだろう。

 この芝居には、母ドニー(安田成美)、十歳くらいの息子ジョン(坂口湧久・山田瑛瑠ダブルキャスト)、父と母の友人デル(谷原章介)の三人しか出てこない。父ロバートとジョンは、森へキャンプに出掛けることになっている。しかし、父は帰ってこない。パパはいつ帰ってくるのか、尋ね続けるジョン。眠れない。デルはなんだかおどおどしている。母はポットを割り、毛布は破れ、ジョンは三つ目の災厄を予想する。彼は暗い所でローソクの光を見たという。これからこの家は燃えてしまうのかという不安な予感でちりちりするが、それはもうすでに起きてしまった災厄、父との別れを暗示している。ジョンの家は燃えてしまったのだ。母に突き放され、ジョンはナイフを手に二階へ去る。どうなるんだろうこの子。死んでしまうのかなあ。

 脇田和の描いた絵を思い出した。火事の絵だ。画家の家を燃やしてしまった火事を、童画的なタッチで描いた絵。なのに、ひと刷け、ものすごい悲しみ、胸を引き絞られるような悲しみが伝わってくるのである。ここにもひと刷け、悲しみがあってもよかったんじゃないかなー。センチメンタルすぎるのかもしれないけどさー。