酒田雛街道 

「来たよぉ」

山居倉庫の広々した物販部(酒田夢の倶楽)の壁一面に、きれいに飾られた素晴らしいお雛様(一体の立ち姿が70センチくらいに見える)をしり目に、親指の先くらいのお顔の、精巧な芥子雛に声をかける。ちっちゃ!ものすごい小さい。見えない。近寄ると(相当近寄る)、この人たちは、きれいな縮緬の着物を木目込みのように着てる。たとえば五人囃子の上着は、真っ赤な地に、ぽつぽつと白い花びらが散ったようなので、指貫(袴みたいな…)はグレーに鮮やかなオレンジと紫の雲竜模様だ。ひな壇の下半分、五人囃子と仕丁(怒り上戸泣き上戸笑い上戸ね)の体のバランスは、んーと、御所人形に近い。頭の大きい赤ちゃん人形みたいなのだ。これに対してお内裏様とお雛様、三人官女はお顔が半分くらいに小さく、お上品。とても小さいのに、近くで見ると小さく感じない。繊細に入念に作られている。しかも、「わらってる」。仕丁よりも五人囃子の出来がいい。いいなーこれ。ちいさいおもちゃの好きな人は好きだよね。

 この度の雛めぐりで聞きかじったところによると、五人囃子は鳴り物の音の大きい順に左から並べるというけど、このお雛様は去年まで違ってた。今年は、直っています。よかったよ。少し蔭に引っ込んで見えるお内裏様とおひなさまは、蔀戸をあげた上つ方に居る。その後ろに鶴(鳳凰?)の飛んでいるちいさいけどダイナミックな屏風があり、鶴(鳳凰なの?)もなんだかにっこりしているのだった。

 さて隣のめっちゃでっかいひな人形を見る。何もかもが大きく、しかし気合が入ってて、緩みがない。中でも一番すごいのは、手前(段の下だね)で舞を披露している二人の舞人だ。背中に蝶の羽をつけて、お人形にちょうどいい大きさの、織で浮き出した花の模様の衣装(雅楽風?)を着て、右の人形は左手をそっと挙げ、左の人形は右手を大きくしなわせている。そして、全体の色の褪せ方がおっとりと美しく、きらきらしすぎずいい感じだ。この人形たちもみな表情がある。おじさんの人形、おばあさんの人形、にこにこしてるのがちょっと怖いんだけど(凍ったように時が止まっている)踊る二人の娘たちは、いちばんこの場に似合っている。全体の押し花色のなかに、緩やかに住まっているみたいなのだ。

 そういえば本間家旧本家(例の、本間さまには及びもないが せめてなりたや殿様に とうたわれた酒田の豪商)にある大きな(現代のお雛様の倍くらい)古今びなたちは、ぱっと見「古い人形」としか見えない。品を重視した人形師は、ひな人形に表情をつけないし、係の方が嘆いていたようにどうしても髪が傷む。束帯の黒地に小さく地模様を出した贅沢な衣装も、すっかり古びている。しーん。

 ところがねー。あの狩野永徳の奥さんの弟っていう、「俺は絵が下手だった!」と挫折のあまり一回出家したくらい多感な絵師、狩野興信(秋田の佐竹侯のお抱えになった)の大きな絵が一枚あって、チェックのカチッとした狩衣を着た男の向こうから、川の水が流れてくる絵なんだけど(対岸屋敷に姫君)、この絵の趣向は縦横きまりが付いたはっきりした世界に流れ込んでくる水—かたちの決まらない、生々しい、いうことを聞かないもの―を表すのが主眼となっていて、「あー。」と思うのである。コノミズハココロ。係の方が緋毛氈のうえに、お雛様のもち道具の貝合わせの貝(花びらよりちょっと大きめくらいの貝の内側に、細かく絵が描かれ、平安朝の人物が二人向かい合っていたりする)をよーくかんがえつめて配置し、美しい酒田の押絵を点綴するのもココロだし、「私はこのお雛様が好きなんですよ」と親切な係の人がおっしゃると、世界がぱっと色彩を取り戻して、お人形の中に息がかよい、「感情」の水が流れ、古いお雛様が少し微笑ったような気がしたのだった。

 

 この日、本間美術館のお庭の敷石の上に落ちた霰が、ぱちっと割れて四散するほど寒い日だったのだが、別邸でお抹茶を頂いたり、お雛様の歴史まで勉強したり、いろいろ面白かった。写真撮影禁止。(本間美術館)けど、お雛様の絵ハガキ早よ。かわいく撮れた三つ折り人形の赤ちゃんはがきが欲しいです。

 

              令和6年4月3日(水)まで。