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はえぎわ 『ハエのように舞い 牛は笑う』

 「あいつにはフラがある」

 お笑いの世界では、何もしなくても笑わせるような雰囲気を持った芸人をこんな風に言うらしい。飄々としている、とぼけている。味がある。はえぎわの『ハエのように舞い 牛は笑う』は、深刻な世界の見取り図を、全篇フラでつないだような芝居である。

 「おかあさんにいいつけてやる!」「おかあさんだってぜったいしぬんだ!」この不条理なやり取り。そしておかしい。小学生の時、こんなことを言い返せていたらよかった。

 世界は振動する。誰かが笑うことで、誰かが牛乳を飲めないことで、誰かが働くことで。音楽によって振動する。ボウリングによって振動する。生きながら死んでいるゾンビを演じるのを生業とするサクラガシマの人々は、あやふやに振動しながら、火山の十年後の噴火を、あきらめや無関心やあらかじめ組み込まれた運命として受け入れているのだった。

 「噴火の振動」を考えるとき、脈絡なく現れては消える登場人物は、みなドームの下にいるようだ。地図の一部のよう。ミニチュアのよう。そして、 

 ムーミン谷のようだ、と思った時すこしほっとした。芝居がハエのような軌跡を描いていて、着地点の見当が皆目つかないのである。「完全にわからないもの」としてニョロニョロならぬ「モロタ」(町田水城)がいる。兄アキボク(河井克夫)は振動と離れようとする。母サキイカ(井内ミワク)は掃いたり拭いたり畳んだりし続ける。ボウリング場の主更田(笠木泉)と右腕(竹口龍茶)の言葉の重さの違いがわかりにくい。ハルボク(富川一人)、ずっと叫んでいるので大事なシーンがわかりづらい。と、書きながら、それが悪いのかともちょっと思う。子供にわかりにくいムーミン、不朽の名作だし。