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Bunkamuraシアターコクーン 『フェードル』

 「魔法が解けるまではどうすることもできない」とプルーストも言ってた。って、プルーストに聞くまでもなく、恋心という物は、手の施しようがないものだ。ラシーヌの『フェードル』や『アンドロマック』、大好きだ、恋の悩みの真ん中にどっぷり嵌って、「どうすんのあんたこれから!」と言いたくなるシチュエーションで、2,3時間しっかり恋心の変遷につきあうのだ。

 今日の「フェードル」は石造りの宮殿にいる。石は冷たく、石は熱い。なめらかであり、粗くざらざらしている。その二面性がフェードルと、その恋を表わしているようだ。石の大壁が大きく三角形に切り取られ、そこから外光が射しこむ。しかし中はくらく、椅子が一脚置かれている。椅子には赤い布が一筋かかり、それが椅子から流れ出して石段をくだり、禍々しい川のように見える。石の大きさ、重さを感じ、人が小さく、潰されやすいことを思う。この重さは神でもあるのだろう。

 フェードル(大竹しのぶ)はアテネ王テゼ(今井清隆)の二度目の妻、最初の妻の子凛々しいイッポリット(平岳大)に恋心を抱く。許されない恋だ。登場したフェードルは、マントで顔を隠し、罪深い恋に息も絶え絶えになっている。誰にも言うことはできないと思い詰めたフェードルだったが、乳母エノーヌ(キムラ緑子)に話してしまい、そこから事態が重く、深く、下へ下へと進展してゆく。

 恋の貌。大竹しのぶは恋の重さを十全に描き出す。イッポリットに心を打ち明け、一転、憎んだり、自分のことを疎ましく思ったり、相談に乗ってくれた乳母を遠ざけたり、恋のドキュメンタリーだ。繰り出されるセリフに重い感情が乗り、恋の絶望を目の当たりにする生々しさがある。皆好演、重厚な交響詩のようだった。