こまつ座&世田谷パブリックシアター 『上海ムーン』

 読めないなー。開演前、舞台スクリーンいっぱいに映し出された筆跡。じーっとみてるとまず「御頼ミ申シマス」がわかる。それから「喘息」。「早速ミテ下サル様ニト」と、そこまで分かったところで、御頼ミ申シマスの「マ」が乱れて太くなっている、と思う。咳が出たんだ。苦しい咳を何とかこらえながら、魯迅は内山書店の内山完造に一筆したためた。これが魯迅の絶筆。

 舞台があくと、ステージを圧するように大きな月が丸く背景に浮かび、その下方の弧に接して小さな笠つきのランプがともる。ここがとても美しく、好きな「かたち」だった。役者たちが魯迅の手紙を笑顔で読み、やがて芝居が始まる。北京北四川路の行き止まりにある内山書店に、魯迅野村萬斎)は妻広平(広末涼子)、子供とともに避難している。国民党に命を狙われているのだ。同志や家族に負い目をもつ魯迅には自己破壊願望がある。体が悪くなっても放っている魯迅を、内山完造(辻萬長)や妻みき(鷲尾真知子)、魯迅ファンの医師須藤(山崎一)、歯科医青木(土屋佑壱)は、何とか救おうとする。ここで、いろいろと、井上ひさしらしい、可笑しいことが起こる。

 月の光は美しく平等に登場人物を照らし、完造が仕入れた骨格標本もまた静かに人々を見つめる。あの笠つきのランプは、つくりだされた月の光のように光る人々の友情なんだなと、勝手だとは思いながら(あの骸骨の目の穴)、感動してしまう。

 広末涼子、美しく柄はぴったりだけど、体と心がちぐはぐ。一番最初のセリフは笑わせようとして言ってはいけないし、顔だけで芝居しないようにね。体に力が入ってる。土屋佑壱、山崎一に劣らぬ好演、少年の泣くとこ大きな声で泣くと芝居の邪魔だと思う心があるよね、深く泣けますように。