有楽町朝日ホール 『第173回 朝日名人会』

 おじいさんのセーターがカシミヤ、おじさんのベストが新品、そんな有楽町朝日ホールである。年配の人が多く、皆楽しみにして来ていることがわかる。

 群青色の高座に、うぐいす色の座布団、下手から軽々と春風亭朝太郎が登場した。さっと噺に入る、開口一番てそういうものなのかも。今日の演目は「牛ほめ」、与太郎が普請道楽のおじさんの家に行き、父親に言われたとおりに家を誉め、おじさんの飼っている牛を誉めようとするが、いろいろうまくいかない。全然そつがなく、きれいにまとめてすーと去っていった。開口一番の役割?この秋、二ツ目になって春風亭一刀さんになるそうです。それを説明してくれたのは次の春風亭正太郎、正太郎も朝太郎も春風亭だけど、正太郎は正朝のお弟子さんで、朝太郎は一朝のお弟子さんだとも言っていた。ビリジアングリーンの着物の正太郎は、ビリジアングリーンの手ぬぐいを出して上の方をきゅっと手ですぼめ、「堪忍袋」を作ってみせる。八五郎とおさきさんの夫婦げんかの所で、「7歳を頭に八人の子供」がいるといったので可笑しかった。

 「一人酒盛」って何かと思ったら、上方の酒(きっと灘とか?)を五合貰った熊さんが、一緒に飲もうと誘った相手に一杯もやらず、一人でいい気持ちになる話。まくらから本題(ネタ?)に静かに入ってびっくりした。もうちょっと狭い会場だったらなー。とは思うが、小さんの手元のお酒がアップで見える。のどを通るとき熱くてからい酒の味がし、杯から立ちのぼる酒の気を感じる。じーんと熊さんの総身に酒がまわってゆく。ただ、熊さんに集中しすぎてお燗番の位置がよく解らなくなっちゃった。五合っていうと歌が出たり踊りが出たりする、かなりの量だよね。海苔の缶がからと聞かされた時はなんかちょっと切なくなったけど、茄子ときゅうりとしょうがを刻んだかくやのこうこで飲むなんていいよね。それを飲ませてもらえない羽目になる男がせっせと刻んでいるのが笑えます。片襷も目に浮かぶもん。

 五街道雲助「景清」、目の見えなくなった指物師の定二郎が、景清ゆかりの千手観音のご利益で目があく噺。目が見えなくなっちゃったという絶望と哀しみが胸につーんときて、見えるようになってほんとによかったなあと思うのだった。

 ここで仲入り、ロビーをうろうろする。ケータイに関しては、芝居ほど厳しくなく、マナーモードでいいらしい。どうかなあ、やっぱり切ったほうがいいと思うけど。テンプテーションズマイガールをなぜか三味線が演奏して、再開する。

 柳家小里ん「お茶汲み」。これむずかしい噺だなあ。廓に遊びに行った若い者が友達に、廓の中で遊女と交わした会話を再現して見せてるのか。小里んさんは今日は調子が悪かった。調子の出なかったところでお客さんが一斉に「ああ…。」と残念そうな息を吐き、いいお客さんだなと思った。

 トリは人間国宝柳家小三治、っていうか、勿論この人のことは小さい時から知っている、女の子にわーきゃー言われる大した人気者だったのだ。学齢前、母親とテレビを見ていたら、やっぱりきゃあきゃあ言われていて、テレビカメラのわきに、ほかのタレントと3人並びで立っていた。下げた手の肘を、もう片方の手で所在なさそうににぎっていて、その所在なさげな様子と言ったら、今でもありありと思いだせる。10歳のころ「道具屋」を聴いて、椅子から落ちるほど笑ったこともある。というようなことを書いて、もしも今日の咄がまくらだけなら(途中そうかも!?とおもった、)終わっちゃおと思っていたけれど、ちゃんと「馬の田楽」がありました。この夏京都で頸椎の手術をして、毎日歩かされて、鞍馬寺嵐寛寿郎の声色をやってみたとか、なんか明るく元気な感じ。まくらの途中に間があいても、お客さんは待っている。愛されてる。だいじょうぶ?甘やかしすぎじゃないの?と心配するが、馬方がうたた寝し、三州屋のおやじが登場したあたりからおやっと思う。三州屋のおじさんは、裏の畑に確かに「いた」。悪がきは石垣の上に細く汚れたすねを出して、不安そうにきょろきょろしている。距離感が正確。立て場の耳の遠いおばあさん、お百姓、のんべえ、皆田舎者なのに演じ分けられていた。

 その上特筆すべきは、全員がかわいいってところだ。面白かったけど、お客さんほんとあんまり甘やかさないでねと思う。人間国宝のひとり勝ちなんて、つまんないもんね。