サントリーホール 大ホール 『ブラッド・メルダウトリオコンサート』in Japan 2019 

 ごめんよブラッド・メルダウ。こんなに有名かつ人気とは知らず。と当日券を求める長蛇の列にあやまるのだった。しかも今日が今日まで、ブラッド・メルダウがジャズとも知らず。ジャズか。20代のある日、知り合いにジャズのチケットを貰った。ものすごく素晴らしいライブだったけど、「ぜんぜんわかんなかった」という知り合いと同じくらい、「素晴らしい」と思う自分も、夜空の忘れられた恒星のようにさびしい感じだったなあ。ネットもなく、つながる術のない地方都市のオタクって、『壺』のようになってるもん。

 えーと、ここがサントリーホール、初めて来ました。正面に日本のホールがみんな置きたがる憧れのパイプオルガンがある。とても大きい。少し曇った銀色の「パイプ」が大小取り混ぜて100本くらい上下に縦に並ぶ。パイプの付け根は鉛筆のように細く、中央のパイプの真ん中付近に、ホルンの先みたいな筒が、天使の羽っぽく、「パイプオルガン」が手を伸ばしているっぽく、いくつもいくつも空間を抱え込む。

 舞台には上手からシンプルなドラムスと横倒しにしたダブルベース、スタンウェイのピアノが並んでいる。ピアノは磨きに磨かれて鏡のようだ。蓋裏の留め釘、蓋の縁の模様、そしてピアノの足先の移動用車輪が金色。ストッパーも金。そして舞台の後ろも客席なのだった。

 下手のドアからブラッド・メルダウトリオが姿を表わした。拍手。この拍手の音が、まるで床から天に昇っていくサイダーの泡のつぶつぶみたいにきれいで仰天する。ちょっとこれ何。と拍手に聞きほれているうちにピアノの前にメルダウ、ベースのラリー・グレナディア、ドラムスのジェフ・バラードが位置につく。

 きれいな旋律をメルダウが弾く。隣の人が思わずという感じで「椅子が低いな…」と呟いている。確かにメルダウの椅子はとても低い、でもなんかそういうことじゃない。今まで見たどんなピアノ弾きより、ピアノに近い。ピアノがバイオリンのような手持ち楽器に見える。ピアノと親密なのだ。バイオリンを弾く人と同じ感じで、耳のそばでピアノの音を聞いている。

 さっと入るドラムスとウッドベース、聴こえないよーベースー。どっちもうまいのに、なんだろ、音が混ざらない。たくさん積んだ引出し様のステレオ(PAっていうの?)のせいなのかなあ。混ざらない、混ざらないと、キンチョーして前のめりになっている自分に気づく。ドラムスのジェフ・バラードは客席の方に首を向け右耳でトリオの音を聞いているように見えた。ブラシやスティック(時にはブラシの柄)を使い、かっこよく演奏している。ずれてない?でも平気そう。平気なのかい、平気なんだねと背もたれに身体を戻し、「You’d Be So Nice To Come Home To」。グレナディンがソロを取ると、小さく小さくメルダウが音を入れる。グレナディンの左手がネックの上部分、本体との接合部分、右手で弾いているところのすぐ上とどんどん移動する。全身運動…。ピアノが入る、いい音で、高音。拍手。

 ミスタッチかどうかなんてわからない、そういうコードに聴こえるもん。レディオ・ヘッドの曲とか、わざとミスタッチしてたしなあ。

 次の曲ではメルダウがまず手で拍を取る。南方な感じで、ジェフ・バラードはドラムを手でたたく。とてもいい音。暑い音にひんやりした冷たいピアノが、何度もトリル(?)をつける。

 あのさー、ジャズって主旋律のポテンシャルを展いていくの?それがジャズ?「My Favorite Things」の主題の音が、ピアノで弾かれるあらゆる音に潜んでるって思ったりしたのだ。

 あと、今日私が面白く聴いたのは「Into The City」というちょっと前衛っぽくなってる曲。かっこいい。全く初心者でごめんだけど、やっぱジャズって都市化とともに育ってきた音楽だね。複雑な乗り換えを一瞬でクールにこなさないとだめで、すべてのシャープなきっかけに、(のりおくれるな!)って言われている気がする。ドラムス、ベース(鳴りがよくなった)、ピアノ、すごいソロの後で観客がすかさず拍手する。(のりおくれるな!)ドキドキする。とろいわたしには、ちょっと無理かしら。

 アンコール4回、どんどんクールに、どんどん白熱していくライヴでした。