日経ホール 岩波ホール発 白石加代子『百物語FINAL』

 白石加代子の『百物語』を観た夜。家に帰ると、しーんとしている。ある日友人のところを訪ねたら、家がしーんとしていて、何の気配もしない。その筈だ、だって友人は死んでいたんだから。という話をうっすら思い出す。自分の脱いだ靴が、静まっているのに物言いたげな感じ。机の上の赤いボールペンが、暗い窓の外を指さしてるみたいだ。

 こわがってんなーあたし。いや、こわさに敏感になっている。だって今日の芝居は、わずか髪の毛一筋隔てたところに、別の空気が海流のように流れていて、そこへいつの間にか巻き込まれ、押し流され翻弄され、また髪の毛一筋へだてた日常に、ふっと吐き出されたのだ。

 『百物語』は1992年に始まった白石加代子が怖い話を語る企画だ。百話語るまで22年かかったのだそうだ。今日は、『百物語FINAL』として、「燈台鬼」と「五郎八航空」が上演された。

 背景にとりどりの「幡」がさがり、浅黄の着物の白石加代子が座ったままゆっくり顔を上げると、遣唐使の時代の怖い話が始まる。残酷な物語。話の終りには男の顔が映像のようにありありと目に浮かぶ。着物に工夫がしてあり、立ち上がると驚く。

 「五郎八航空」、がらっと変わる語り手白石加代子。モダンながらのモンペを思わせる上下で、下手から大股で歩いてくる。ルポライターとカメラマン、そして漁夫。海は荒れ、彼らの乗る伝馬船は揺れる。語り手も揺れるのだが、足を上げても、転がっても、重心が腰にきまっている。「五郎八のかみさんの操縦するヒコーキに載ることになったルポライター」という設定も面白いが、それぞれを演じ分ける白石加代子が素晴らしい。ルポライターがそんなヒコーキに乗る動機がちょっと弱いことなど、忘れてしまうのであった。