新橋演舞場 十一月新派特別公演 『犬神家の一族』

 純情という物はふつう、世に表れない物で、一人で生まれ一人で死ぬ。純情が外に出るのなら、それはうかつだったか、もはや純情でなかったかのどっちかだ。

 ここに純情を守れなかった一人の男犬神佐兵衛。彼のすることなすことからいちいちあやつりの糸が垂れ、遠近法の消失点が、逆に物の位置を決めていくように、佐兵衛亡き後の犬神家を決定してしまう。

 莫大な財産、三人の娘、毒殺、猟奇殺人と、演出の齋藤雅文は、細かくシーンを割り、上手下手から、頭上から、そして舞台も廻してスピーディに、西岡善信に負けないくらい立派なセットで、有名な『犬神家の一族』と試合う。なんといっても「滅び」の視点を入れたのが立派。けど…まだできてない。まず、松子(波乃久里子)、竹子(瀬戸摩純)、梅子(河合雪之丞)の、「佐兵衛の欲求を満たすために妾として飼われていた母たち」の恨みが語られない。ここがないと殺人に発展していく理由が半分しかわからん。

 そして、竹子の役作りにぶれと迷いがある。声を低くして、つよい厳しい女を出そうとしているけれど、なりきれていない。出てきたときの歩く姿が決まっているのに、惜しい。

 女衆さんたちが布巾で塗りものを拭くシーンがいい。すき。「本気でころされそうになったなあ」(河合侑季)はとてもいいからもっと遠慮せずいうべきだ。浜中文一は華奢だけど、「謎の復員兵」が登場して助けるところは仁王立ちでないと。もっと足の裏の1000キロ下を意識してほしい。あとマフラー邪魔な長さ。松子と香琴(水谷八重子)の母心と、それに寄り添う息子の心が、舞台をぎりぎり締め上げ、ともすれば立ち位置のわからなくなりそうな現代の私たちに、透視図の線をそっと付加してきて、ぎょっとさせられる。