シス・カンパニー公演 『近松心中物語』

 気鬱。でてくると傘屋与兵衛(池田成志)は、おとりまきの弥七(陣内将)にそんなことを言われる。

 舞台では亀屋忠兵衛(堤真一)と梅川(宮沢りえ)、与兵衛と女房お亀(小池栄子)の心中が二重に語られる。梅川忠兵衛が美しく散っていくのに対し、お亀と与兵衛は滑稽で無様な姿をさらす。なぜかって、与兵衛には現代人が投影されているからだ。

 「好き。(ほんとにすきだろうか?)」

 「楽しい。(ほんとにたのしいだろうか?)」

 いつも心に半疑問がついていて、「若君には気鬱の病」と茶化されてしまう。この気弱な憂鬱が形象化されなかったら、この芝居空っぽではなかろうか。

 池田成志の「第一幕その一」は、最初から戯画化されているところが残念である。その後登場するお亀の笑えるセリフが、実感に支えられて浮かないのと対照的だ。

 一方、忠兵衛はさそう女の手を振り切るときの伏し目、見送る梅川と別れて思い切って歩き去る首の向き、金を「調えてみせるよってな」と女の目を避けながら言う暗い翳などとてもよかった。梅川はセリフが少ないので、その客席からの登場の、しずしずと宿命が近づいてくる感じ、泣きながら店先にやって来る歩き方に、全ての思いのたけが籠められているのが素晴らしい。しかし、この二人には、渇望ということが大事なので、まっしぐらで、喉から手が出てなくちゃだめ。喉から手が出るほど欲しいものは、生きていたら手に入らないのだ。八右衛門(市川猿弥)、姑お今(銀粉蝶)が生き生きと演じ、槌屋小野武彦、妙閑(立石涼子)がしっかりと脇を固める。この芝居の生き死には、与兵衛にかかっている。