歌舞伎座 四月大歌舞伎 『桜姫東文章 上の巻』

桜姫、どんな人かと思っていたら、こんな人だったんだね。今まで本でしか知らなかった話が組み絵みたいに立ちあがってきて、極彩色で、わくわくした。

 白菊丸(坂東玉三郎)と清玄(片岡仁左衛門)が花道をやってきて、白菊丸が優美にふんわり転ぶと、

 (あっ)

 と清玄が助け起こすのだが、その清玄の方へ、ゆっくり頭をめぐらせて目を見かわすとき、(いた…ぁい)と言ってるみたいでかわいく、笑った。この発端の二人は全体的に甘く、「つらいよねー」「ねー」って言いあってる恋の場面に見える。白菊丸も「ふと」身を投げてしまうし、全篇貫く因果がこれでいいのか。

 自転車に乗ってて車にぶつかりそうになった少し風変わりな女の子が、近づく車にパニくってハンドル放したり目を閉じたりしないで、「前を向いて力いっぱいペダルを漕いだ」って話を思い出す桜姫。桜姫はピンチでもあきらめない。一生懸命ただいまの「自ら」に正直に生きる。出家したいと思ったり、悪い男に惚れこんだり、その時その時、ぐぅんとペダルを踏み込むのだ。

 赤い着物に遠山と桜の縫い取りの御殿の姫、出家を願う姫は、言葉の一つ一つ、母音の一つ一つが小さく帆を張ったように凛としていて、釣鐘権助仁左衛門二役)との恋の場面ではそれがつながって音楽のようになり、三囲神社の土手をさまようと、声が平たく、灰色になったような気がした。これに対して清玄のほうは、白菊丸に掛ける言葉が濡れ濡れしていて、その後の総てをぜーんぶ暗示している。可哀そうな人なのさ。二役の権助は、しゃっきりしているけど、すこしにごった声。いかにも女が惚れそうな細身の粋な立ち姿で、折助らしくお庭さきにしゃがむのも様になっててかっこいい。これが好いた男と感づいた姫に、座敷へあがれと言われて草履をぽん、ぽんぽんとはたいてあがってくる。一つ目の音は大きく、続く音は小さい。あの音聞いてるだけでもドキドキするよね。何するかわかりませんよ、いいんですねと小さく耳元で念押しされてるみたい。横風な感じで姫の膝に足をのせる権助は、足の重さ、身体を観客に意識させる。桜姫はためらわない。男の手で帯を解かれ、自分から男の着物を脱がす。御簾からこぼれる姫の桜色の着物の色。この官能的なシーンは局長浦(上村吉弥)と役僧残月(中村歌六)の滑稽な情交と二重写しになっているんだね。

 にしては、百叩きに遭う桜姫は、何かの法力に守られているように痛くなさそうだったなー。そんな話じゃないじゃん。肉体性ということで言うと、ここ、痛くなくちゃダメじゃないの。

 いくつもある「ぎっかりときまる」シーンで、視線がぴんと張った勁い糸のように感じられて、うつくしく、胸がすくようだった。

 開幕三日目だからか、紐の始末がもたついたり(下手にするすると吸い込まれていった)、台詞がいまひとつ(お局五百崎さま…)だったりした。三日目でも切符(劇場の人たちはチケットの事を観客に対して「お切符」という、歌舞伎座へ来た!とおもった)の値段は同じだよ。