TOHOシネマズ日比谷 『怪物』

うつろな心。うつろな心はうつろな家に棲んでいる。麦野早織(安藤サクラ)と息子湊(黒川想矢)の家は、やけに音が響く。まるで、どこかに朽ちた洞(うろ)があるみたいだ。湖のほとりの町の中心部で火事が起きている。燃えている。古い雑居ビルの看板が、一枚、一枚、剥がれ落ちる。それを家から眺める湊が、ベランダの上のほうに飛びつくと、早織は「やー、落ちないでよ」と口早に注意し、息子が位置を変えるのを無意識に確かめる。

 湊が学校で保利先生(永山瑛太)に打(ぶ)たれたと確信した早織は、学校に乗り込む。最初は普段着で、それからスーツで。学校もまた、うつろな音を立てている。マニュアル通りの応対、心のない謝罪。金管楽器が、どこかで悲鳴のように鈍く鳴り、「うつろ」の苦しみをはっきり申し立てる。つらい。でも目が離せないのさ。

 この映画、「うつろ」の用箪笥みたいだ。引き出しには一つずつ、「早織」「保利」「伏見校長(田中裕子)」などと名札が付いていて、すべてが引き出されてまき散らされると、いましも「うつろ」に食われそうになっていた二人の少年(湊と依里〈柊木陽太〉)の姿に、はっきりとピントが合ってくる。誰もが誰かに「期待」する。次第にあるべき姿を決めてくる。ほんとは「やー、落ちないでよ」(生きていて)、最小限でいいはずなのにね、それがいつか強制になり互いをがんじがらめにする。そこに心はない。うつろだね。空洞こそが怪物、空洞こそが苦しみだ。

 役者は誰がいいとかいう次元でなく、映画の力で「うつろ」を現出することに成功している。誰の目からも事態が眺められるとこがすごい。

 だけど問題は、坂本龍一の美しく調和的な旋律が、あんまり早く出てくるところかな。坂本龍一が「えっ、ここで?」っていうんじゃない?いわない?指定?私は言うよ。あとになるほど出すのが難しいような気もするけど、あそこは早すぎる。画面の緊張が途切れちゃったよ。あと宣伝で血がポタっと落ちるのを見て、すごーくびびっていました。