シアターコクーン 『マクベス』

 期待する。遠足が来るのを、新車の納車を、いやな奴の失敗を、面白い芝居を期待する。今日は水曜日のマチネ、9500円のチケットを握って、開場を待つ。混んでいる。二人連れの主婦、娘と母親、一人で来た演劇好き、二列に分かれて劇場に入る。

 舞台は六角形のリングみたいだ。正面がない。リング下の羽目板の隙間から、奈落のような暗がりが見える。

 芝居が始まった。登場した魔女(三田和代、平田敦子、江口のり子)が客席から生え出たように感じる。今しがた通り過ぎてきた客席の人々の着ているような地味な服。三田和代の斜め掛けバッグに目が釘付けだ。セルロイドの人形の顔が色鮮やかに、大きく転写されている。服に映える。どうしてかこのバッグから目が離せない。自分の中身と呼び合うものがある。ちょっと欲しいのか。なんだろう。この一点どぎつい感じ。考える。面白いものを期待するこころ。面白ければ舞台の上の苦悩も殺人も許容する毒のようなこころだ。魔女は期待の毒を連れて、舞台に現れたのだ。魔女たちは舞台の周りの客席を移動しながら芝居を見守る。そのまわっていく様子が、まるで毒の鍋をかきまわしているようだった。マクベス堤真一)は毒にやられる。殺人を犯し、恐怖におびえ、妻(常盤貴子)を死なせ、簒奪した王位も命もなくす。それは彼が望んだためではなくて、ただ、期待に応えただけだったのかもしれない。観客の毒々しい視線が、彼をそこまで運んでしまう。マクダフ(白井晃)は剣をふりあげてもとどめを刺さない。客席を見回して思いとどまる。ここでは「参加の演劇」が試みられていて、観客もマクベスの破滅に一役買うことになっている。白っぽい舞台だが、最後には血の手形がたくさんついているように見えてくる。その手形の中に、私のもあるのかしらといぶかしげに見まわしたりして。

 横田栄司、背中に廻ってもセリフがよく聞こえる。