読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

さいたまネクスト・シアター×さいたまゴールド・シアター 『リチャード二世』

 再演。2回も感想文書けるのか。という一抹の不安はあったけど、観に来ちゃいました。この芝居が好き。まるで舞台の奥から生きてる波が押し寄せてきて、その飛沫が胸の中に飛び込むみたい。たった今ここにいると感じる。この、息をしているたったいま。

 長い尾を持つ礼装の、美しい、わかい男たちのタンゴ、それは相手を替え踊り続けられるたび、青年たちが無限に崩れ落ちていく橋の一端を、恐れ気もなく辿っている様(さま)に見えてくる。時計の音が聞こえ、鋭角に跳ね上げる足、固く取り合う手、預ける身体の重みが、砂がこぼれるように失われ続ける。『リチャード二世』は、輿望をなくした王が殺されるまでの物語だが、その権力闘争の中に若者たちの愛憎がタンゴとなって仕掛けられている。

 皆、はっきりとうまくなっている。役の理解が深まったんだなー。劇(はげ)しい眼光で、追いつめたリチャード王(内田健司うちだけんし)を見遣るヘンリー・ボリングブルック(竪山隼太たてやまはやた)は、次の王となる風格を備え、謀叛を気取られてすくみあがるオーマール公爵(竹田和哲たけだかずあき)は強い母親(ヨーク公爵夫人=百元夏繪ひゃくもとなつえ)のもとで育った子らしく頼りない。そして彼らのまなざしの中に、複雑なこころが閉じ込められている。内田健司の細かく揺れる躰(初演とは芝居を変えてきた)、波の上に立っていようとする足、それは、処刑のために振り下ろされる刃を目を見張って見返す男のものだ。

 ヨーク公爵夫人の取り乱した姿が、集中力を持って清潔に演じられる。ふわふわと漂う鬢の白いほつれ毛が芝居の説得力を増す。ゴールド・シアターの本(『我らに光を――さいたまゴールド・シアター 蜷川幸雄と高齢者俳優41人の挑戦――』徳永京子、河出書房新社)のインタビュー読んだら、なんか胸が詰まりました。