ブルーノート東京 シルビア・ペレス・クルス

 舞台に六つ、椅子が見える。満席のブルーノート。5月11日のNHKあさイチ」に出ましたと、給仕係が後ろの席のお客さんに話している。

 2分前。ひらっとバイオリンの音が一瞬聴こえる。会場が暗くなり、後方左側から、一列になって、ミュージシャンの入場。チェロ(ジョアン・アントニ・ピク)、ベース(ミゲル・アンヘル・コルデロ)、ヴィオラ(アナ・アルドマ)、バイオリン(カルロス・モントフォート)、バイオリン(エレナ・レイ)。最後に、豪華に波打つ黒髪の、シルビア・ペレス・クルスが登場する。胸元が深く切れ込んでいるドレスは、ウェストの所でしぼったように見える大人っぽいものだけど、色はクールで沈んだ青が選ばれている。笑顔が少女のようだ。

 慎重に左から右へと動いていくチェロの弓。Tonada De Luna Llena。満月のトナーダ。アルバムの一曲目だ。シルビアが静かに、ゆっくりと声を出し始める。体の中に洞窟があって、そこに声が巡っていくみたいだ。曲調が変わって激しくなる寸前、シルビアはかざした片手をぱちんと鳴らしてタイミングを取る。演奏が一度に静まる。かっこいー。現代音楽のように不規則だったり、五重奏のようにびしっとしていたり、バンド(バンドっていう?)はシルビアの遠くへ離れ(声を張る)、また近づく(声を落とす)自在のボーカルと拮抗している。白檀とか、伽羅のお香の、両端から火をつけたみたいだ。煙が絡み合い、立ちのぼっていく。「ルーナ」と長くのばしてうたうとお祈りっぽく、月に何を祈っているのだろう。笑顔で少しハミング、体が小さくゆっくり揺れ、歌いおさめる。

 バンドの紹介、初めて日本に来ました。私たちはほんとの家族(バンドと)ではないけれど、家族みたいです。この人たちと演奏できてうれしいです。だろうな、この弦楽の人たちすてきだもん。2曲目はアルバムでも2曲目のMechita、ペルーの曲だそうだ。ピチカートの演奏だ。次はVestida De Nit、夜を纏うという曲。チェロの人がアレンジしたそうだが、それがとてもよくて、リードバイオリン(第一バイオリン?)の高音がきれい。頭上できゅっとシルビアが片手を握るとバイオリンがすっと止む。息が合っている。自由に伸びる声、なんだろう、CDよりぜーんぜんいいのだ。CDは家のステレオのせいか窮屈な感じ、きっとこんな風に歌の節が柔らかく四方八方に伸びていくのがわからないからだろう。ファド(ポルトガルの歌謡)を歌った時は明らかに声の出し方が違っていて、目が覚めるような、勁い声が投網のように会場全体を捕えるような気がした。空に広がる嘆き。これがファドなのね。いろんなことができるんだなあ。ドラマチックにも、かわいくも歌える。バンドもいろんなことができる。第二バイオリンの人はコーラスをつけて歌った。3拍子のメキシコの曲。

 Locaを歌う時、シルビアは音をテイスティングしているように、口の中で確かめているように見えた。マウスミュージックだなー。もちろん、レナード・コーエンのハレルヤも歌いました。素晴らしいライヴでした。アンコール二曲。