恵比寿ガーデンホール 『Live Magic』  2018

 「バラカンさんのジャズのコンピレーションアルバム貰わなくちゃ!」一生懸命ホール入口でボルボのアンケートに答えるのであった。

 二台ディスプレーされたうちの赤い方(フュージョンレッドメタリック、XC40TA)、背の高い頑丈そうな車の周りをまわって、運転席を見る。

 フロントフェンダー(っていう?)とボンネットの間のみぞに、ちいさいちいさい、樹脂製のスウェーデン国旗がついていて、「とりはずしできます」。かわいー。運転席と助手席の間の正面に、すこし大きめの画面が一つあり、音楽やら空調やらナビやら電話やら、そんなの全てこのタッチパネルでやるらしかった。近未来だなんだってSF映画でよく見たけど、もう近未来きてたんだね。

 もう大体会場の様子はわかっているので、ケータリングの一番奥までするするっと行って、「トライフルケーキ」をひとつ頼む。大きなタッパーに分厚くクリームを載せたケーキが入っていて、10センチ四方くらいに切り分けてくれた。ふふふ。三層になったスポンジにお酒が染ませてあり、一層ごとにバナナが入っている。同行者に分けてやると、なんと層に垂直でなく平行に食べる。なんだよ。三層が二層になってしまった。ちょっと悲しく、ちょっと腹が立ち、ホールからの音がとても大きく聴こえる。私さ、なんか疲れてるみたいだなー。

 

はーい復活。ホールのリハーサルを3列目で見学。バンジョー奏者のノーム・ピケルニーがマイクの位置を見ている。右手の親指と人差し指と中指に小さめの銀色のピックが指ぬきみたいに嵌ってる。音をちょっと出して、スタッフに何度も、「大きすぎる。下げて」と言っている。そうでしょ。なんか私も今日、音が大きすぎるような気がしているの。

 上手側にノーム・ピケルニー、下手寄りにフィドルのスチュアート・ダンカンがたち、曲の最初だけをちょっと弾く。リハーサルを写真にとっていいという特典のある聴衆らしき人たちが、嬉しそうに写真を撮る。ノーム・ピケルニーは濃色のシャツに黒いポケットつきジャケット、スチュアート・ダンカンは水色のチェックシャツにジャケット。リハーサルがすんで暫くすると、すぐバラカンさんが登場して、「僕は名人が好きです、名人を二人紹介します」と演奏者を呼び出す。

 すーっと演奏が始まる。間がない。息もつけない。ひらひらとすばやくバンジョーフィドルが鳴る。途中で二人同時にふっとブレスするが(めっちゃかっこいいの!)それも一回のみ。早い。頭の中で鳴らしている超速の音が手に直結している。脳が手だ。2曲目はスチュアート・ダンカンがうたう。「聴いて!」って感じのない、とても聴きやすい歌。ノーム・ピケルニーは睫をふせて、淡々と演奏する。そういえばリハーサルからこっち、ぜんぜん観客見ないなあ。アメリカ以外に初めて二人で演奏に来た、って言った気がする。ノーム・ピケルニーは演奏と同じくブレスせず話す。わからん。けど、そんなこと言ったと思う。ピケルニーのバンジョーは二段のケーキのような形をしていて(みんなそうなの?)普通のバンジョーみたいに音がたわまない。澄んだ音。バイオリンの調べに絡む気泡みたい。途切れずぷつぷつと模様を描く。それから音が大きくなり、フィドルが弦を弾(はじ)く。ごくたまにフィドルと目を合わせ、しゅっとかっこよく曲が終わる。ぎゃっというような歓声、ノーム・ピケルニーがにこっとする。「モンロークラシックス」の話をしていたようだけど、私は「ブルーグラス」というのが、ビル・モンロー(1911-1996)のバンドの名前から取ったジャンルだということさえ、知らなかったよ。5曲目の、汽笛のようにフィドルが叫び、動き出す音楽を聴いたとき、やっとこの「のり」がわかった気がした。一人の人の「手」から流れ出してどこまでもどこまでも遠くまで行く音。Flow。とどまらない。バンジョー弾きの手、フィドラーの手から深く小さい泉が滾々と溢れて、細く長く音が行く。決して涸れない音だ。古い曲をやった後、アルバムUniversal Favoriteの一曲目Waveland。一番下の、高い音の絃の、丸いボディにとても近い所を小指がすいすいとおさえ、アルペジオを従えて美しい旋律を奏でる。一番好きな曲だといってMy Tears Don’t Showを弾く。ギター。ピックガードに薬指を置くせいか表面がすっかり擦れている。旋律をフィドルに渡したり、又受け取って弾く曲もある。後一曲と言って弾き始めたスチュアート・ダンカンのフィドルの、勢いある速さ。飛ぶように動く弓。確信ある音。かけあい。早い。拍手がずれるくらい早い。フェスの時間通りに終わって去る。ノーム・ピケルニーは汗もかかない。すごい演奏を涼しい顔でやるのが好きなんだな。

 

エビミツで買い物して、ガーデンホールに戻る。ジョン・クリアリーは後ろで聴こうっと、と思うが、後ろの「ゆっくり聴く用」或いは「疲れた人用」の椅子が空いてない。こらこら、荷物置いたままふらふらしちゃいけません。年を取ったら、断念と覚悟がないと、かっこよくなれないよ。自分も気を付けよう。

 2度目のジョン・クリアリー、1曲目のDyna-mite、ほんとにダイナマイトみたいなでっかい音がする。吹っ飛ばされた。あのー、今日音大きすぎない?バラカンビートで聴く限り、土曜日のラインナップは瀟洒な音楽で、日曜日はどーんと激しい音なの?同行者はジョン・クリアリーの一番いい所で、「耳が痛くなりそうだから」と中座しちゃったよ。

 それはさておき、Dyna-miteってジョン・クリアリーらしいっていうか特性がよく分かるような気がする。ばんっとなるドラムスやベースがきれいな空白(拍?)をつくり、その調えられた空白(畝?)にクリアリーのキーボードが芽をだした双葉のように並ぶ。これがまた魔法の双葉で、身をくねらせて伸びてゆくのがわかる。

 上手(右側)の壁に映るキーボードを弾く人の影。指先までが見えそうだ。

 キーボードが高音で転がるように何度もすばやく聴こえ、まるではじける星のよう。ライヴが進むとキーボードは螺旋のような音階を駆け上がり、バンドはスピードを出して飛び出していく。会場は揺れ、ドラムスの両脇に置かれたマイクスタンドもふらふら揺れている。

 ドラムス、ベース、オルガン(ナイジェル・ホール)、どこまでも走り、音が分厚い。息があってて、音を一斉に止めるストップモーションも素晴らしかった。

 黒いシャツに茶の帽子のジョン・クリアリーは途中ギターに持ち替える。茶の帽子が冗談ぽく大きくて、『不思議の国のアリス』の「セイウチと大工」を思い出したよ。

 4人でコーラスをするとスモークのかかった舞台の空気を取り出して美しく並べて見せてくれているような気がする。

 キーボードの前に戻り、鍵盤の中から、会場いっぱいに、きらきらと降ってくる音を浴びる。とても盛りあがった。

 (星くれた)と思いました。