彩の国さいたま芸術劇場開館25周年記念 世界最前線の演劇3 『朝のライラック』

 事件、事故、災害、戦争、ニュースでその死者のことを知ると暗い気持ちになり、数日もその気分から抜け出せないことがある。でもさ、他人事だからいつかは忘れる、思い出せばまた暗い気持ちだけど、彼ら――死者――は忘れられていく。では、こんな風に死にたくはなかったという彼らの無念は、どこへ行くのか?

 ビニールの紗幕の向こうで、武装組織ダーイシュの司令官が、地面に座らせた赤い服の男(顔は黒い頭巾で覆われている)を処刑する惨たらしい場面で芝居は幕を開ける。演出の真鍋卓嗣はこの場面のために、実際のシーンを動画で観たそうだ。舞台の赤い男はほとんど抵抗しない。あっさりと死ぬ。これは寓意が強く入った情景なのだなと了解する。ダーイシュの殺す愛。ダーイシュの殺す芸術。

 学校で演劇を教えるドゥハー(松田慎也)と音楽教師の妻ライラク占部房子)は、ダーイシュの制圧した辺境の町に住む。ある日、ライラクに邪な思いをもつバルダーウィー長老(手打隆盛)が訪れ、ライラクを司令官アブーバラー(堀源起)に差し出すように告げる。

 まず、堀源起、声からしちゃダメ。手打隆盛は、もっと、「フライの魚の目がシュウシュウ音を立てる」(だったかな?ⓒヘミングウェイ)くらいライラクを欲しがらないと。焦げる。バレエのボレロの男たちの感じだよ。母ハンニ(茂手木桜子)なぜ笑うのかな。占部房子もっと深く恐怖する。冷たい水が背骨に注がれて髪が白髪になっちゃう程。フムード(竪山隼太)のささやくような台詞、小さな声なのに、言葉が粒だっている。机に反射する照明へんだし、皆歌がまずい。「堕落者」って言わないよね。不信心者、ふしだら者、ならず者、罰当たり、どれも弱いけど。無念を抱いて去った人たちが今日、日本の劇場でまたその無念の辛い日々を生き直す。俳優が語るたびに数え切れぬ無念は立ち上がり、観客の肩にそっと手を置く。