紀伊國屋ホール パルコ・プロデュース 『腹黒弁天町』

 「腹黒」弁天町、平成までも長生きする者をはじめ、みんな腹黒なんでしょう。なのに、骨がらみ肚(はら)のわからない芝居をしているのは、芸者小雪の伊勢佳世のみだ。主役の二人、財前涼太(福田悠太)と、山岡大介辰巳雄大)は、掘り下げが甘い。財前って、大学時代に女で失敗してるよね、女が信じられないのだ、小雪には「明治、大正、昭和に女であること」の絶望が匂うのに、財前には絶望がない。例えば太宰のことを考えてみて、何度も心中で生き残り、その絶望で文章成り立ってるじゃん。篠崎美智子先生(伊藤純奈)は「ストレイシープ」と呟くから、あの、美禰子の謎を受け止めきれない『三四郎』が山岡の影に居なくちゃだよ。福田も辰巳も非常に芝居が達者で寸劇が生き生きしている。だけどそんなの、なんでもない。二人とも芸能の世界に長く生きてきて、手足の冷える絶望も何度か味わっているんじゃないの。その気配が表現できなかったら、なんのためにした絶望だ。

一幕はどうなることかと思うけど、二幕になると俄然面白くなる。観客はみんな、面白かったわーと思って家に帰れる。「東京へ戻らなかった『坊ちゃん』の話」だ。長いものに巻かれ、利のある方に動く世の中と、若い者の芝居である。

 松村武の演出どうなのかなあ。巧い人がずらりと勢揃いしているのに、全部が有機的に「腹黒」へとつながらない。散発的な感じがする。寸劇だよー。

 小雪と財前の道行、結末は、紙縒り(こより)で作った人形が、水を注ぐとじんわり立ちあがってくるように顕れてほしかったよ。

 どの俳優も柄に適った役をキャスティングされていて、大変上手にやっている。けど、破れ目がない。ざんねん。