東京国際フォーラム ホールC  『CHESS THE MUSICAL』

 8×8、64マスの小さなチェスボードを使った物語が、これほどスリリングになるとは思わなかった。特にソビエトのアナトリー(ラミン・カリムルー)が、アメリカに亡命した後タイトル防衛戦をするシーンはすごい。まるで人物にあたる照明の一つ一つが、生き物になって白く逆巻いているような気すらした。アナトリーとソビエト側の対戦相手(キャスト表に書いてね!)の繰り出す一手は皆意味があり、形勢も見て取れる。でも、アナトリーが手にしたものが何か、最初はわからない。わかってはっとした時のショックが、観客の眼路と芝居を激しく揺さぶる。

 主要キャストは素晴らしく、ラミン・カリムルーとサマンサ・バークスの二重唱などうっとりする。日本人キャストも遜色ない。アービター佐藤隆紀、モロコフの増原英也もきっちり歌い切る。

 けどね、歌ちゃんと歌えばいいってもんでもない。『キル・ビル』でユマ・サーマンが、唯一火花を散らして演技しあったのは、ゴーゴー夕張栗山千明だったことを思いだしてほしい。栗山千明はあの時、「世界にたった一人で渡りあう自分」「一人」「個人」だったのである。アンサンブルにも、「個人」が足らない。体格が華奢だとか、英語が大変だとかいろいろあるとは思う。でも、今舞台でトンボを切っているのは、コサックダンスを踊っているのは、世界にたった一人の「私」なのだという自覚が薄い。みんな、ゴーゴー夕張になれ。特に増原英也。ラミン・カリムルーを脅かすのだ。でも、「個人」が薄いせいなのか、大使館のシーンはとてもよかった。

 アメリカ代表のフレディがトラウマを回顧して歌うナンバーは、むずかしくてキーが高い。ルーク・ウォルシュがうたう時、この高いキーの中から少年の悲鳴が聞こえる気がして、ミュージカルの薄皮が、ほんの一枚だけど、自分の中で取れたように思った。