シネ・リーブル池袋 National Theatre Live In Japan 2020 『リーマン・トリロジー』

 いそがしやいそがしや、磯辺の石に腰かけて、心静かに糸を解くなり

 縺れた凧糸、縺れた首飾り、縺れた刺繍糸、そういうのを年寄りの所に半泣きで持ち込むと、こう唱えて解いてくれたもんだった。

 舞台の上にはバンカーズボックスに見える(アメリカ人が馘首になるとき身のまわりのものを詰めるあれ)アクリルの透明セット、中には「会社」が詰まっている。そしてその会社は、もう使えないとあきらめて放り込まれた縺れた糸――アメリカの暗部を彩るリーマンブラザーズの歴史――だ。箱の中身は3人の男たち(サイモン・ラッセル・ビール、アダム・ゴドリー、ベン・マイルズ)によって丹念にほぐされる。ほぐされたその糸は、かつてリーマンの男たちが真剣に、そして慎重に渡った綱渡りの綱だったように見えてくる。

 たった3人きりの俳優が(いそがしや、いそがしや、)リーマン家の男たち、女たち、リーマンを支えた男たちを演じる。四人目の登場人物と呼ばれるピアノ演奏も、複雑で単純なアメリカン・ドリーム(金持ちになる、金持ちでいる、そしてもっと金持ちになる)に翳をつけていく。とてもシンプルで強い芝居だ。しかし、なじみがないせいかもだけど、一幕目は「よくある」話にしか見えない。リムパーの貧しさやみじめさが伝わらない。一族最後の経営者、三代目のボビー・リーマン(彼が出て来て話がおもしろくなった=アダム・ゴドリー)が、サイモン・ラッセル・ビールをにらむとき、それが「父なのか妻なのかわからない」のが、芝居の「弱さ」に見え、強みになっていない。

 タルムードの呪文のような朗誦がはじまると、私の頭の中は冒頭に戻って糸をほどくまじないでいっぱいになる。心静かに糸を解くなりだよ。