ユーロライブ 浪曲 『玉川奈々福 ぜ~んぶ新作 新作フェス!! #3』

 信濃の山路木隠れに

 聞くは御堂の明けの鐘

 はるかに見ゆる浅間山

 燃えて身を焼く、

と、メモして顔を上げ茫然とする。眉を寄せて考える。情報が多すぎて自分の外に零れてるのを感じるのだ。鶴見俊輔って、零れてるものを大切にする人だったなあ。東大を頂点とする教養主義を信じてなくて、こういう、教養主義、洗練から遠く離れた、地面から生え出た芸能を評価していた。そう考えると今私が受け取ったものでなく、零れているものこそ大事?それはなに?

 あのー、『丹下左膳百万兩の壺』(1935)で、「うーん」って唸っている「虫の息」の人が出てくるんだけど、それが迫真の死にかけの息で、あの明るい話をほぼ壊しそうなくらい。でも役者そのひとが「死にかけのひと見たことがある」という「地べたの気配」がある。東家三可子の馬子ジロクは、お伽噺のようにあっさり死ぬけどいいのかな。あとジロクが「ナレ死」っていうか語りの中で死んじゃうから驚いた。東家三可子、地下アイドルよりかわいくて、CAさんのようにきりっとしている、あごや頭が共鳴して、カーンと声が前に出ている(マイクあるけど)。青や緑やピンクの点々のとんだ着物もよく似合っていて品がいい。最後はもっときちんと、余韻を持ってお辞儀をしてほしいような気がする。そこまで演目の一部だろ。絹のテーブルクロスみたいな布が演台にかかってて、薄いオレンジの東家三可子のものがさらりとはがされ、蓮に金魚の玉川奈々福のそれになる。

 上手側の椅子に、曲師と呼ばれる三味線が座る(沢村豊子)。着物が乱れないよう、膝の上を10センチくらいの幅の布で固定する。玉川奈々福が声を出した途端吃驚した。聴いてるこっちの肺の戸障子がびりびりするくらい声が出る。演劇なんかで声を相手にあてる練習するけど、それを楽々と超えてる。

 ひとつめの話は、『赤穂義士外伝』、事情通の瓦版屋のおばあさんが主人公。ババア・ザ・フェイクニュース・メーカーって言ってたな。ばばあ。どうなの。ばばあも範囲が広いよね。30代以上の女の人や、おばあさんが主人公の話って少ないよね。ミス・マープルとか、『シカゴよりこわい町』の牛乳瓶にネズミいれたりショットガン撃ちまくったりするおばあちゃんくらいかな。あんなふうに活躍する人に、おかねさんがなったらいいと思う。

 二つ目は野田秀樹改作の『研辰の討たれ』を奈々福が翻案したもの。最後のひとことがよくできました、と思った。

 浪曲は語り物だから啖呵が芝居の台詞みたいになっちゃいけないらしい。ちょっときゅうくつ。『研辰の討たれ』も、ちょっときゅうくつそうなんだよね。三味線二挺と鳴り物入りなんだから、もっとのびのび、やりたいようにやればいいのに。曲師の奈々福にあわせる横顔が、奈々福の浪曲をおもしろがっているように見える。玉川奈々福、もっと面白がれ。