新国立劇場小劇場 新国立劇場 演劇 2020/2021 『反応工程』

 「あっホールデン・コールフィールド」正枝(天野はな)が田宮(久保田響介)に「逃げずに戦争へ行け」と破れた赤紙を握らせるところで、場面は凍り、孤独の中に田宮は残される。サリーは来ない。小学校しか出ていない正枝と大学へ進むであろう優秀な田宮、ここにはまだ「釣り合う縁」という言葉はなく、おそらく田宮はただ純粋に少年の心で、清楚な正枝を愛している。工場に動員された田宮たちは、究極に残酷な環境にいる。教師(神農直隆)は欺瞞に満ち、工場の人たちや家族や恋人は、世間体を気にしたり、国家について「考える」こと、「個人であること」を省いているせいで、彼らに出征や死を求める。世界は「負ける」と知っているのに、若い動員された者たちを死へと追詰めるのだ。ホールデンは自分を取り巻く嘘を暴き、それを許さず、やさしいこころを残したまま何とかやって行こうとするが、最終的には病院に行かされ、世界から放逐される。田宮の場合は世界の方が180°変わり、価値は上下を返したように変化した。追及しても一切が虚しく、「少年の純粋」のよすがであった絆も失われる。ホールデンの物語が戦勝国のついている嘘につきあえないというストーリーだったのに対し、田宮は敗戦国の少年の、傷の深さ、大きさを表す。…っていう話に見えました。田宮の久保田は健闘し、(この人はまだ少年なのだ)という芝居の奥が、あの泣き声で明らかになるまで集中を切らさない。しかし、あと一息、声のレンジが狭い。巾があると少年時代とその薄くなっていくグラデーションがよく出る。声のバリエーションがないように、表情も限定されている。もっと自分を解放する。林(清水優)、逃亡者の名を出すとこ丁寧に。工場の年配の人たちはみな手練れ、そこに交じって見習い工の矢部(八頭司悠友)頑張った。