東急シアターオーブ ミュージカル『アナスタシア』

 こんなところに、「ロマンチック」は生き延びていた。いろいろ文句が多い、恋愛ものを見ても「あー、はいはい」という、そんなひねた私も『アナスタシア』にちょっと黙ったのである。体の中の、「ロマンチック」の干乾びた函が、魔法の水で蘇る。

 革命のロシアで、道路掃除でぎりぎりの暮らしをしているアーニャ(葵わかな)は、貴族崩れのヴラド(大澄賢也)と、天涯孤独の若者ディミトリ(海宝直人)の二人と組んで、銃殺された皇帝一家の生き残り「アナスタシア王女」に成りすますことに同意する。アーニャはアナスタシア王女の記憶を学習するが、それはだんだん、教えられたものか、思い出したものなのか、曖昧になり始める。私はだれか?自問しながら、激動する近代史を、アーニャは潜り抜けてゆく。

 前半、日本語が恐ろしく明晰である。しかし、演奏がオリガミの袴だとしたら、歌はその中の紙縒り(こより)人形みたいに骨細だ。これ、後半とタッチがつけてあるんだけどさー。少し物足らない。次第に俳優の声は伸び、紙縒りは水気を吸って膨らみ、立ち上がる。そうだ、心の中の「ロマンチック」は決して死んでない。水気を求めて眠っているのだ。海宝の声は切々と思いを訴えかけてくる。葵はファルセットのとこが前半からちょっと問題。うまく切り替わらない。最初、「さむくて、空腹で、絶望」してないよ。全員でハモるとこはどれもこれもすべて、汽車の汽笛にきこえる。グレブ(堂珍嘉邦)、一番最後のシーンがまずかった。それと「父」の発音が言いづらそうで、スラっと台詞にならない。口の中で何度も練習してほしい。前半の歌がものすごく絞ってあるので後半もっと情緒でどっかーんと行ってほしい。水分だよ。

麻実れい朝海ひかる、どっちの歌も、何言ってるかはっきりつかめないのだが、歌に魂が載っており、それはそれで成立している。朝海の芝居の土台作りがきっちりしていてぶれがない。しかし、リリーのナンバーは、もっと求心力と集中力が必要だ。最後爆発させないとね。函が開けられて芝居はクライマックスを迎える。もー、ロマンチックだったなあ。