Billboard Live YOKOHAMA 『ニック・ロウ』

ビルボード横浜、来るのは初めて、勝手がわからない。会場内に案内されても、どこが正面か見当がつかず、右見たり左向いたり、やっと正面の赤い緞帳(かっこよく襞に当てられた照明)の前に置かれたマイクと一本のギターの背面を見つけて、(こっちが正面か!)と近さにびっくりしている。ステージのギターのネックの後ろは、親指で支える側の端なのか、他よりも一段と擦れて白くなっている。5分前に若いスタッフが、ギターの調子を整えた。時間になり、ニック・ロウがとても足早に客席脇を抜けてステージに向かう。グリーンの柄のシャツ、黒っぽく見えるパンツに、縁の太い眼鏡をかけている。繊細な感じで歌い始める。弦を引き下げる長い右親指の腹は反り、フレットを押さえる4本の左指は平行に、やや斜めにそろい、さっき見た、擦れて白くなった側から、ギターを握りこむ左親指がのぞく。ギターを弾きこなす指先がみんな、大切にされている観葉植物が風に揺れるように揺れて、光って見え、すごく決まってる。やさしく歌うし、声も張らないで、高音はすっと抜くのだが、以前見たときは高齢ゆえの優雅さかと思ってたら、若い時やっていたバンド(ブリンズリー・シュウォーツ)でも、「ちいさい音でやるロック」だったと知って少し可笑しくなった。なんだろ、70年代中盤の小声のロック。静かな演劇のようなもんだったのかなあ。

 Man That I’ve Become、People Change、Long Limbed Girl。これ、いい曲だね。手足のひょろ長い、柳のような女の子の写真を引き出しに見つけて、今どうしているのかなあと思う。自分の遠い過去を顧みるこころと、ひょろひょろの女の子へのエールと、Long Limbedの中に隠れたlonelyな感情が入り混じる。

 ニック・ロウは、グッドイヴニング!とさらっとМCをはじめる。英語で話しちゃってごめん(でもゆっくり話してくれるのだ)、これから新しい曲をやるけど、古い曲と似てるからしんぱいいらないよ。と、笑わせ、Lately I’ve Let Things Slide。あのー、ニック・ロウ、さらさらっとやっちゃって、ギターの弾きそこないで芯からがっかりしたり、キーが違ってやり直したりしていたけれど、そんなのなんでもない。ニック・ロウの一番の問題、これから歌い続けるうえで注意すべきなのは、集中力だ。だって、楽曲が短めなのでなかなか曲の中に「住めない」。その証拠に、今日、長いHeartbreakerでは集中がびしっとしていて、段々にピントが合うようだった。この曲と、Raining Rainingが白眉だったと思う。雲一つない日、自分の心の中にだけ雨が降っている。その雨から覗く恋人たちの楽しそうな風景。雨がやわらかで、デリケートだった。そして、舞台に現れた時、歌を歌う時、歌を歌い終わったときと、どんどん若返っていた。ていうか、最初と最後で別人だったよ。来年ロスストレイトジャケッツとくるといってたが、そしたら絶対行く。集中を大切に。