ビルボードライブ東京 ニック・ロウ

 ニック・ロウビルボード東京に聴きに行くことになって、凄く後悔した。ポップな感じ、短い曲、生き生きしたチューン、明るさ、好きにきまってる。どうしてもっと早く、たくさん、聴かなかったんだ。

 ビルボード東京から見晴らす公園に、岩のオブジェをちりばめたミストのプール(のように見える)ができていて、たくさんの人がひんやりしたミストをプールサイドに素足を出して楽しんでいる。岩の周りの白い霧のようなミストが、ゆっくり流され、風で手前に集まったり、散り散りになったりし、夕陽のあたる公園の樹が、きらきらとはっぱを動かす。プールの一番遠い向こう側に、真っ白な服を着た西洋人の少女が、ほそいひざ下をミストにふらふらさせていて、小さい小さい活人画のようだ。

 と思う間に暗幕が静々と閉まり始め、もうニック・ロウが登場する。足元に三角のアンプが三つ、玄関敷きほどの大きさのペルシャじゅうたんがある。下手(舞台向かって左手)側にギターが立ててあり、それを取って首から提げる。ギターストラップの肩口の感じをさっと補正し、ライブが始まった。People Change。とても軽く歌う。絨毯の上に立ち、曲目を書いた白い紙もその上にある。白の長そでシャツの袖をまくり、黒い細身のパンツに茶の靴、白髪と黒の太い縁の眼鏡がよくあっている。とても気を付けて声を出していて、無理をしない。どうもピックは嵌めていないみたい。だからかギターの音もやさしい。若い時から遠慮なく声を出し、大きな音で音楽をやってきた人のエレガントな完成形。

 次の曲はなんかとてもおちこんでいる男の歌Stoplight Roses。

 In the mirror behind the bathroom door

  That little-boy-lost look

  That used to work well

  Doesn’t anymore.

 というくだりを歌う時、バスルームのドアや男の顔の輪郭が、それ以上でもそれ以下でもなく、繊細に、でもしっかりと描き出されていく。甘くない。それでいて自分(観客の)だけに歌ってくれている感じもし、なんか、曲が裏返って、内側の景色を見せているようなのだった。そして、Love Starvation。後奏がいまいちきまらないが、気にならない。ありがとうと思ってしまう。日本語うまくなくてごめんね、でもゆっくりはっきり喋るから。と、ニック・ロウは言い、時々マグのお茶(?)を飲みながらライブは淡々と進む。いい年の取り方だなーとおもっていたら、突然、以前来日した時の話を始める。バンドのメンバーはへとへとに疲れていて、湾岸を走っていて、化学工場が見えて、「Tokyo Bay… 」とつぶやいたらそれが曲になった。そしてまたとつぜん、ニック・ロウの声は大きくなり、ギターもばりばり弾き始め、吃驚する。声も伸び、高音も出る。いままで喉の調子みてたのか!と思ってしまった。ギターは右足の上にしっかり固定され、左足がテンポよくリズムを刻む。次はBlue on Blue、とても調子よく、一番後方のカウンター席で、届かぬ足をぶらぶらさせて聞いていると、さっき見た西洋少女の絵のような後景が反転して、日本の中年奥さんが、押し寄せる絹のような肌触りのミストに、手足を浸しているみたいなのだった。そのあとはずっと上り調子!もう、メモのペンとか持ってられん!放り投げる!この躍動!この心のときめき!メイヴィス・ステイプルの曲や、有名曲を、立て続けに弾き唄う。一オクターブ高い音もうまく出て、ニック・ロウは満足そうだった。