板橋区立文化会館大ホール 『柳家小三治独演会』

 板橋区大山、すてきなカフェのあるところ。凍らせた紅茶のキューブの上に紅茶を注ぎ、レモンのスライスを5、6枚浮かべて、レモンをつぶして飲む。ゆるいジャズっぽい音楽が聞こえ、冷えて汗を浮かべたコップのように、すべてがゆったりとくぐもって遠く感じられ、最高。と、いうような場所から10分、板橋区立文化会館で今日は柳家小三治独演会。

 会場に入るとホリゾントは青く、六曲二双の屏風の前に、高座がぴしっと設えられ、屏風と高座の間に足袋で歩く「道」が作られている。天井からサスペンションライトが真下の座布団を白く照らし、それは茶にも朱にも見えるけれど、最初に柳家三之助が登場した時に、紫だということが分かった。

 三之助の咄は「のめる」、八つぁんが言う幕開けの呼びかけ「ご隠居」が聴こえない。誰かわからない。「つまらねぇ」という口癖の建具屋の半公と、「これでいっぱい飲める」という口癖の八つぁんが、互いの口癖を直そうと、先に言った方を負けとして50銭賭けている。ご隠居の知恵を借りて半公を負かそうとする八つぁん、100本の練馬大根を小さい醤油樽に詰めようと思うが、「詰まるだろうか」「詰まらねえ」と言わせるために四苦八苦する。それと気づかない半公はおかみさんに大きな「四斗樽もってきてやれ」というのだった。すると八つぁんは「おかみさん!しまってていいの!」と慌てる。ここ大事じゃない?八つぁんのみならず、咄家の行住坐臥、ふらが出るところじゃないの。ここがだめ。ここがいまいちだった上、呼び名の半公と八つぁんが途中で一回入れ替わっちゃったね。将棋の手、金銀何とかの都詰めというのもよく聴こえなかった、というのは、言ってもわかんないしというこころだろうか、ご隠居はわかってるのでそこはちゃんと聞きたいです。

 つづいて小三治が高座に上がる。磁器の湯のみの青と白が爽やかだ。

「おげんきですか。」間。

「私の方は、こんな程度ですね。」間。

ここはいい。笑える。でもとても間を取る。今日の咄は二つとも、とても間が長い。たたみかけない。どうしたんだ小三治

 今日いちばんおもしろかったところは、出雲の神さまの話だ。日本中の神さまが集まって、縁結びをする。

 「きょうはおまえの縁結びの番だよ」(神さま)

 「そうかい」(神さま)

 この、「そうかい」がとてもよかった。小三治の日常、考えていること、空気、すべてを背負った盤石の愛嬌。とても軽く添えて出すひとことなのに、全部が現れている。

 ここんとこは枕で、咄は『厩火事』と『千早ふる』だった。とにかく間がながい。女髪結いのおさきさんが、毎日夫婦げんかして泣きこむ先の「旦那」の身元がわからない。道で行き会うやっぱり女髪結いのおみつさんの手の疵の描写がリアルすぎ、そっちにフォーカスしちゃって、「行き会った」ってことが伝わらない。そして別れろが長いよ。

 オペラグラスだと、「間」もきちんと埋まってて、沈黙に火のしがぱりっとかかってる。でも一番後ろの席で、扉がひゅうひゅういうのを聴きながら座っていると、何だか凍らした紅茶に鬆(す)が入って、味が抜けちゃったように思えてくる。そのかわり、顔が涙でかゆくなるくらいに泣いちゃって、そこに髪の毛が貼りついているおさきさんの顔(見える)が、ちょっと平静になって旦那の話をまぜっかえすところは面白かった。最後に亭主の八が「もろこし」になってくれて、聴き手の私もおさきさんの100分の1くらい涙出た。でも落ちがある。そこが落語偉いなあ。

 中入り後、扉が開けっ放しになって音が止んだ。重畳。今度の話は「千早ふる」、これは学生の時すごく感心して(江戸時代の人凄いなあ)、友達に話そうとしたらすっかり忘れていたという思い出の噺だ。面白いけど、畳み掛けないからテンポわるい。梅雨明け、師匠、体調最悪?また行きます。