シアターコクーン 『七転抜刀!戸塚宿』

 一瞬の爆笑のために、すべてを犠牲にする。というのが、わたしの明石家さんまのイメージだ。その場の大きな笑いがほしくて、見送ってしまったオファーや企画、実人生のあれこれが、いくつもいくつも灯ろうのように流れてゆくのが見える。きついな。だが、「笑いで天下を取る」とはそういうことかもしれない。そうして明石家さんまはハンサムなので、ちょっと真顔になって台詞を言うと、物凄くいい芝居したように見えてしまい、そのた易さが、さんまを舞台から(演劇から)遠ざけているのかも。

 今回の『七転抜刀!戸塚宿』、面白いが惜しい。宿の飯盛り女己久里(みくり=佐藤仁美)が、一本背負える立派な芝居をしており、「愛していないふりをするのも愛だから」と、佐藤の演技を受ける尾長(明石家さんま)のふわっとした台詞回しもとてもいい。ということはこの二人の恋を緊密に表現してテンション高い笑える演劇にすることも可能だった。仇討も間延びしつつもナイスな展開である。(中尾明慶、発声に注意。頭蓋に響いている)そしてさんまのぼけが一流。明石家さんまは時流に遅れないように努力していて勉強を怠らない(パンフレット)。しかし、一番芯のところ、笑わせるシチュエーションが古い。エロティックな話をしているのに、あのすばしこく気の強い己久里が、その場をはけないで「そこにずっといる」、或いは早めに割って入らないのは変だ。これは演出の問題だろうか。痴漢っていうのも、例えばお笑いの世界の男女比が9:1だったころには笑えたものが、今はそうでもない。山西惇や温水洋一など腕利きの役者をそろえてこれかとがっかりする。明石家さんまは64歳、まだ老いるには早い。その場その場の爆笑を取りに行くのをちょっとこらえて、新しい笑い、女の人も勘定に入れた笑いを模索してほしい。この芝居、名作になる可能性が十分あったんだから。