アマゾンプライム 『イエスタディ』

 「はい、円の面積はπrの二乗、この公式、先生が発見したんやったらよかったけどね」

 と、つまらなそうに言う数学の先生がいたなあ。と思い出すビートルズのいなかった世界の物語『イエスタディ』。だあれもビートルズのことをおぼえていないのに、たった一人、売れないミュージシャンの卵ジャック・マリク(ヒメーシュ・パテル)だけは、なぜか彼らの歌を記憶していた。ビートルズナンバーを自作と偽って人気者になっていくジャックは、かわいい一途なマネージャーエリー(リリー・ジェームズ)と別れ、ダサい服はいつの間にか洗練された「だささ」を醸し出すようになり、高台のゴージャスな屋敷(LA)に住む押しの強いデブラ(ケイト・マッキノン)にマネジメントを受けるようになる。

 こうなったらどうしようとだれもが思いつく波乱が面白く解消され、後味もいい。なにより、コロナで毎日神経をすり減らしている自分が、ふわっと解放される。暗い映画が嫌いな家の者も文句言わない。いがいがするところが見当たらない。コロナ下での最適な映画選びだった。ただし、コロナ下で、だよ。

 うちの中学の先生の発言にあった苦み、最後に歌うジャックにあるはずの苦み、岬の男にもあるはずの別な人生への微かな希求がない。それがないと映画はただの「おはなし」になって、消費され忘れられてゆく。ダニー・ボイルのこの映画っておしゃれでかわいくて楽しいけど、画面の厚みが三ミリぐらい。浅い。あれで深さがあったらなー、岬の男のシーンとか、きれいなエーテルが凝(こご)ってうす紫の水晶に化(な)ったように見えたと思うけどね。エド・シーランきちんとピースとして嵌っていた。