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KAAT神奈川芸術劇場プロデュース 『ペール・ギュント』

 イプセンの生れた村に、堰の水車があって、その軋む音がイプセンには女の嘆く声に聞こえた。

 いま、廃墟のような建物の中にいて、外から聞こえるヘリコプターの旋回音は、何に似ているんだろ。と思う間もなく、なにかが爆発し、廃墟の中の人々が身をすくめる。その身振りが、鈍い。初めての爆発ではないのかも。激しいフリージャズのような音楽、混乱、どこにピントを合わせたらいいのかわからない。最後まで芝居を辿っていくと、音楽の音のひとつひとつが、磨きこまれ、洗練され、確信をもって演奏されていると腑に落ちる。しかし、最初は、音楽は芝居の邪魔をし、芝居は音楽の邪魔をし、まるで、戦乱に放りだされたようだ。

 窓ガラスの破れたこの壊れかけの建物の中で、人々がほんとうに戦乱のような災厄を避けていることがわかってくる。ペール・ギュントの物語は、ここで始まる。「不安」の内側、「死」の内側で。大ぼら吹きのペール・ギュント内博貴)、たった一人の女以外の女を恐れるペール・ギュント、トロル王になりたいと思い、奴隷貿易で金儲けし、学者になることを画策するペール・ギュント。自分を探す者を扱って、芝居は寓話的なのだが、壁に凭れて座り込む人たちや、ペールが手にする銃に、はっとするほど現実感があり、視線を動かすたびに物語の内側と外側が互い違いにスポットを浴びて、どっちが内側でどっちが外側だか判別つかなくなる。ペールが運命から逃れようとするのに、ソールヴェイ(藤井美菜)がペールを愛すれば愛するほど、逃れがたくなる皮肉。ペール・ギュントの冒険が、二重にも三重にも閉じられた者の夢であることが最後に明らかになるのだが、この芝居の宣伝で、それを知っていたのがちょっと残念。オーセ(前田美波里)、次第にちびで威勢のいいおっかあに見えてくる。