サンパール荒川大ホール 『桃月庵白酒・柳家三三 二人会』

 台風の風がびゅうびゅう、近所の蕎麦屋さんは落語会に行く人たちで満員。サンパール荒川、緞帳は古いが座席もトイレも新しくてきれいだ。

 幕が上がると、ほいほいほいと軽やかに桃月庵あられが現れてふくふくに盛り上がった黄色い座布団にすっと座る。

 「いっぱいのお運びありがとうございます」あー。師匠の白酒に似ていい声だけど、いい声出そうとしている。いい声を人に聞かそうとしているし、自分でも聞こうとしている。いい声ってそれ以上でもそれ以下でもない、ツールだっていう心構えがないな。それじゃあ遠くまで行けないね。あられの開口一番は『子ほめ』、大家さんちに「灘の酒」が届いているのに、それ放り出して子供の生まれたたけさんの家へ行く。噺が二つに割れている感じ。だってわたし「灘の酒」が気になっちゃってしょうがないもん。隣に寝ているおじいさんを赤ん坊と見間違い、赤ん坊をやっと発見して、「ちいせえな!」「…育つかねえ」と物思わしげにいう所が一番面白かった。

 あられが去って、師匠の桃月庵白酒が、「新幹線」、「タルコフスキー」、「アマゾンプライム」とぶっ飛ばしていく。タルコフスキー、ぎりぎりいやみにならずよかった。

 今日の咄『みょうが宿』は以前も聴いた。あの時私はグルテンフリーを提案したけど(『ラ・ラ・ランド』!)、それもあっと言う間に古くなり、今も昔も天ぷらは大変だから、これでいいのかもしれない。敢えてケチをつけるなら、「わさび醤油とともに」の次は「大根おろしを添えて」じゃない?フランス料理店の穿ちって意味で。あと飛脚が宿を立つところがちょっとばたばたしてて、忘れ物を取りに戻った切り替え(宿屋の主人と)がぴりっとしなかった。

 次は柳家三三、めくりに現れる横棒6つに目がちかちかする。地味な感じのお兄さんだなあと思っていたけど、さすが巻上公一の後輩。すこし密度の濃い、「自分の時間」というような空気(切り取れるし、中に入れる)を持っていて、そこに入ると世界がうすいアンバー(こはく色)に見えるみたいなのだ。はちみつ羹か。『妾馬』は、八五郎が屋敷でいろんな目に合う所は省略して、映画的。井戸底を覗く裸の男(実は八五郎)が出るのがいい。ただ、伴天連っていうの、最初はさすがの八五郎も小声で云うんじゃないの。江戸時代って、誰かが畏れながらと訴え出たら、大変な目に遭うよね。(二回目はいいけど)海苔屋のばあさんの「あらみてたのね」って、三三さん45歳でしょ。あんまりだ。ふるすぎる。使いの侍の「居る」、臨場感が今一つ。でも動作がいちいち綺麗で様になってる。歩くところ、「大将のレコ」とか形がよかった。

 ここで中入り、この後まだ噺が二つあるが、『しの字嫌い』(三三)という噺は、どこが面白いかよく分からなかった。せいぞう(田舎者)の訛りがうまい。そこ?「し」と言いかけてやめるところのリアリティがないんだと思う。一番感心したのは三時四十分に終了予定の落語会の二部を、三時に始めてきっちり二十分で終えた三三の技量である。

 さいごは白酒の『笠碁』だった。とっても面白いのだが、なぜおかみさん突然出てくるの?「ぬれてけとはいってません」、唐突でびっくりした。笠の下で身をすぼめた太ったおじさんが、碁敵の家の店先を、左から右、右から左と通り過ぎる胡乱な動きがよく見え、笑った。ただ、どっちの人が8年前のひとで、どっちの人が1年前のひとなのかが、すこぉしわかりにくかったです。