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新橋演舞場 『初春花形歌舞伎』

『車引』

 ――なんていってるのかわからない。

 幕が開くと同時に、ちょっと悲痛な気持ちになるのである。音曲が、頻りに何か言っているのに。キノコの精みたいな大きな笠をかぶった二人の人物が、花道を通って舞台に現れる。どちらも紫の格子の着物、体が大きく、強そうに見える。笠をかぶったまま、身の上をかこつ。下手側の人が桜丸(市川春猿)、上手側の人が梅王丸(市川右近)かな。二人の主人は斎世親王と菅丞相、藤原時平片岡市蔵)のために罪に落とされている。そのきっかけを作った桜丸は、自害しようと思うけれど、父の七十の賀までは死ねないと涙を流す。手がゆっくりと顔のあたりまで行き、笠がくるんくるんと揺れる。梅王丸も泣いているみたいだが、桜丸の方が万事優しい感じ。足だって、桜丸は白塗りの足先だけれど、梅王丸の足にはあざやかな赤い線、筋骨とか血管のようなものが描きこまれているのだ。その足をはったと一歩前に出して草履を脱ぎ、次にもう一回草履を踏みつけ後ろへさっと蹴って滑らせる。背後に控えた黒子がそれを受け取る。うちに帰って真似しちゃいました。笠を取るところがかっこいい。いや、この後はかっこいい場面の連続だ。時平(しへい、っていってる)の車が通ると知って、勇躍駆け出す梅王丸と桜丸。もう、なんて言ってるかなどと考えない。格子の着物の下に赤の、それぞれ梅と桜の模様の着物。派手。すべてが。なにか、きびしい派手だ。爆発しそうな色彩を、見得や型が、ぎゅっと押さえ込んでいるような。梅王丸、松王丸(中村獅童)、桜丸がきりきり動いてかっこいい形になるのだが、しだいに、その間の、じっとしているところに目が行く。動きを最大限に生かすため、微動だにしないのだ。杉王丸(大谷廣松)の振り上げた右手が、ながい、ながい間、ちっとも動かないのに感心した。車の左右に並んだ仕丁の人たちだって、ピクリともしない。体を「生かす」「ころす」ということ。きっと、ほかの演目全部に関係してるよね。

 

『弁天娘女男白波 白波五人男』

 男だって知ってるからだろうか、花道に恥ずかしそうに立っている令嬢(実は弁天小僧菊之助市川海老蔵)が、すこし、ごつごつして見える。(ほんとは男ですよ)って、ちらりと見せてくれているのだ。着ている着物もよーく見ると、なんとなく古ぼけているような気がする。(そういえば)って、あとで思い当たるようなこと。知ってても、「弁天小僧」はいつばれるかとわくわくハラハラする。河竹黙阿弥、さすがです。

 店の手代たちが万引きしたといって令嬢実は弁天小僧を打つ。そのあと、その品がほかの店で買ったものだとわかるのだが、番頭(市川新蔵)以下しょげっぷりがかわいい。気の毒になる。

 がらりとわが身をなげうつ感じで、海老蔵は令嬢から弁天小僧に変わる。破落戸(ごろつき)だー。難しい字を、思い出した。すっかり落ち着いて店先に根を生やし、いけぞんざいな口をききながら、タバコをふかしている図なんて、真っ当に、平和に暮らしている庶民は、震えるよね。「しらざあいってきかせやしょう」以下、ほんとにかっこいいセリフだ。(そして、『糸桜』の波乃久里子のレクチャーは、正確だった)南郷力丸(中村獅童)がお茶をぶっかけるシーンも怖くて、見ているお客さんがびっくりして「あ」と思わず声を漏らしていた。悪いやつへの憧れ。そんなこと絶対できない封建社会のストレスの重さも感じます。

 小悪党っぽく力丸と弁天がやり取りする間、玉島逸当(実は日本駄右衛門=市川右近)は悠揚迫らざる様子。この人がほんとうは一番悪い人なのにね。ものすごく信用のおけそうな人に見える。肚があるってやつですか。

 「稲瀬川勢揃いの場」、胸の中できゃあきゃあ言いながら観た。弁天の歩く姿や、下駄の音は、楷書がちゃんとわかってるのに、わざと崩してざっくりやってる感じが良かった。不良っぽい。五人がそれぞれ名乗りを上げると、その性格が出る、のだと思う。今日の芝居には出てこないくだりだけど、赤星十三郎(市川笑三郎)は元はちゃんとしたお侍でなんとなくソフト、忠信利平(片岡市蔵)はそのお屋敷に勤めていた家来の息子。きらきらした豪華なセリフが惜しげもなく続き、その途中でかっと目をむく海老蔵がこちらに迫ってくる。3Dで、何か飛沫が飛んできたみたいだ。大屋根での立ちまわり、弁天小僧は強いけど、最後は腹を切る羽目になった。それと同時に弁天の立っている屋根がゆっくり立ち上がり、彼を暗がりに落としていく。屋根の裏側に描かれているのは桜の景色。追いつめられた日本駄右衛門が山門の上に立つ。手下に裏切られても、何だか少し余裕がある。つかまっても、つかまらなくても、そこから景色を眺めているようなのだ。

 

歌舞伎十八番の内 七つ面』

 「車引」「弁天小僧」は知ってても、『七つ面』は知らない。「歌舞伎十八番の一つ」とかいわれて予習できずあわてた。「歌舞伎十八番」てさ、市川団十郎家の家の芸だよね。いったん失われてしまった演目らしい。

 後ろを向いた元興寺赤右衛門(実は悪七兵衛景清=市川海老蔵)が揺れるように立ち上がり、こちらを向くと、老人の面をつけている。少し首が前傾し肩が内側に入っているように見える。でもそれだけ、なのに立派に年を取っている。右に左に体がかしぐ。また後ろを向いて面が変わる、今度は女の面。全体がしなっとしておんなっぽくなる。次には猿田彦の面をかけて女の面のうずめと夫婦げんかになった。面を変えるたびに体つき、人格が変わるのを、驚きながら眺めた。『七つ面』が終わった、と思ったところで、面を渡せというたちのよくない顔つきの男たちが、劇場にやってくる。海老蔵がさらりと追い払った後、お詫びとして、ひとつにらんでお目にかけますという。あー!これが!あの!病気にならないっていう!と、ハイテンションになる。海老蔵はにらむ前、静かに目を閉じているのだが、それが清らかさを念じているようで素敵。目を寄せてにらむと、辺りの空気が清浄になる気がした。