紀伊國屋ホール 劇団青年座第256回公演 『ケエツブロウよー伊藤野枝ただいま帰省中』

 田舎の家の、続く二間が見渡せる。縁側があり、沓脱ぎの石が据えられている。このセットがさ、なんか温(ぬく)いの。陽射しで縁側と石が暖められているのが感じられる。客入れ中ずっとかかっているのは、「カチューシャの歌」や、「宵待草」で、ここに「ケエツブロウ」を劇的に読む野枝(那須凛)の声が被ることで、彼女の出自が大体わかる。温和な、すこしいい家庭で、センチメンタルな大衆の歌を聴いて育った子だ。アナーキスト伊藤野枝関東大震災で虐殺されてしまったことで知られる彼女が、福岡の海近くの実家に帰ってくる。その何回かの帰省と、田舎に暮らす家族たちの物語である。

 十代で、婚家から逃げかえってきた野枝は、いかにも老刀自って感じのお祖母さん(サト=土屋美穂子)と激論を交わす。夫はおおごとにはしないから、戻れと言っているのだ。野枝は言う。

 いやばい うちは東京へいくばい

この、いやばいが、全編通して痛切に響く一番の切所では?那須はよくやってる。どのシーンも全力疾走で一切手を抜かない。辻潤伊東潤)と従妹(キミ=角田萌果)の浮気を知って絶叫する場面や、じぶんの死にようを予感してひたひたと泣くところもいい。ん、だけどもさー。三味線出すお父さん(綱島郷太郎)も、お父さんの浮気咄をさらりと話すお母さん(ウメ=松熊つる松)も、白紋付で腹にさらしをまいてやってくる親戚のおじさん(代準介=横堀悦夫)も、みんなかわいいのに、野枝だけなんか好きになれないよー。かわいくない。それはね、場面場面でレンジが振り切れるほどの芝居をしているために、つながりの糸が見えなくなっているから。キャラクターがわからん。脚本も、子供が増えたところや、帰省の後半をすごく飛ばしちゃっててどうなんだ。演出が実際に石を出すのもちょっと信じられない思い。映像でいいやん。語りの妹(ツタ=松平春香)がすごくいい役だし、いい役にしている。従妹もよかった。世話役(小豆畑雅一)台詞間違えすぎ。大杉栄(松川真也)、村木源四郎(古谷陸)まず声をまっすぐ出す。