アップリンク クラウド 『わたしはロランス』

 フレッド(スザンヌ・クレマン)。彼女に尽きる。ハシバミ色の眼はまるで流体だ。恋人ロランス(メルヴィル・プポー)をゲイと疑って悲しむときは深く徹った泉に見え、あれこれの重いトラブルに眼差しは沸騰する。秘密の旅を囁かれて瞳はちらりと左から右に動き、放恣な心、流れに任せる心を伝えてくる。フレッドの心はクリームを落としたコーヒーのよう、変わり続けて追いつけない。男から女に変わるという離れ業を果たしたロランスにすら、捉まえることができない。

 この話、きっと腕をすり抜けていくお互い(もどかしい恋)について語っていると思うんだけど、フレッドがあんまり凄いのさ。あとロランスの母役のナタリー・バイの芝居がとてもいい。間欠泉のように噴き上げるその場にいない夫への怖れ、夫には男の格好で会うと約束するロランスにやっと安堵する様子、この二人のいい芝居に挟まれてメルヴィル・プポーもう一つ光らん。今のこの時代、男が女になるくらいの変化がないと恋愛映画はもたないのかもしれないね。

 アップリンク、よくこの映画を『見放題』の中に滑り込ませたねー、2時間48分、2980円のもとがとれる堂々とした一本だったよー。すばらしー。

 10年にわたる恋、その恋はどこへも行けないけれども、このようなものだった。ロランスが恋を総括するとき(それからヘッドホンをつけて左の人差し指を立てる時)私にはフレッドの気持ちがわかる。退屈じゃんこの人?実は凡庸で退屈な恋の物語をドランは一ひねりする。渦巻くコーヒーとクリームを逆回転させる。(そして、もう二度と出られない、この迷宮の外へは、)しかし、今度こそ本当に、水のような相手の心を確りととらえることができるはずだ――。